半地下神殿の内壁。世界各国の人種の顔のレリーフがはめ込まれている。他民族との交流があったということだろうか?

半地下神殿の中に降りる石の階段が、多くの観光客の使用ですり減ってきてしまったため、保護のため鉄の階段が組まれていた。この鉄の階段は5年前にはなかった。石の階段部分はロープが張られて使用禁止。

地下神殿側から、カラササヤの門を望む。門の中にはモノリート・ポンセが見える。

カラササヤのまわりの外壁。

カラササヤの中にある太陽の門(プエルタ・デル・ソル)。鉄条網が張り巡らされていて、近寄ることはできない。裏側にまわると梁を差し込むようなくぼみがあったりするので、このように単独でこの位置に建っていたのではなく、何かの建物の一部だったのではと思う。大きなひび割れは、日本の書物では地震によるものだと読んだことがあるが、ボリビア人たちの間では落雷によってできたものだとのこと。

太陽の門の中央に掘られているレリーフのズームアップ。日本の書物では、これを創造神ヴィラコチャとするものが出回っているが、ヴィラコチャはあくまでインカ帝国の起源に関する伝説に登場する神である。発見されたミイラのDNA鑑定からも、ティワナク文化とインカ文化の直接の関連は薄いのがわかってきており、このレリーフをビラコチャとするのは時期尚早のようだ。

モノリート・ポンセ。モノリートとは、ひとつの石から出来ている石像をいう。ポンセは発見者の名前。

ティワナク村のプラサに立ち寄る。写真は、ティワナク村の教会。すべて、ティワナク遺跡から運んできた石で造られている。

このプラサは、7年前この地を訪れた際、ちょうど村祭りの最中でケナケナの演奏を聴いた所だ。あのときは酔っぱらいが危険だということでクルマから降りられなかったけれど、プラサの中央に屋寝付きの広場があったりて、随分と立派だ。

午後3時20分 ティワナク村出発

午後6時30分 途中、カジェ・ロス・アンデスの衣装屋さん街で買い物をしてサガルナガ・ホテル着