木村健太郎近況!
パパ・サラ・クラブの会員に郵送しているパパ・サラ便りに掲載されたものです。
2008.4.16.更新
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皆さん!今年もよろしくお願いします!!
私の年末年始は、5泊6日のカミさんとのふたり旅でした。
クルマで走った距離は全部で1300km。
福井、静岡、長野、群馬・・・と、おもに友人宅やふたりの両親宅を中心に回りました。
珍しくて美味しいもの、たっぷり頂きましたよ〜!
打ち立ての早刈り十割蕎麦、身体の内と外に卵をいっぱい抱いたセイコガニ(市場には出回らないらしい)、
アツアツのアマゴという魚の串刺し、トロリとしたイワナの刺身・・・。
そうそう、長野の七味温泉では、粉雪舞い散る雪の中の露天風呂を初めて体験しちゃいました!
お陰様で最高の気分で、1年を締めくくりました。
さて、新しい年。
パパ・サラはもちろんのこと、ケーナ奏者のMasahikoさんとの仕事、
俳優の山谷初男さんのバックバンドの仕事、
ライフワークのカントゥ・フォルクローレ連酩(アンデス村祭り隊)の活動・・・
とウッキウキ、ドッキドキのイベントが目白押し!
またまた、刺激的な一年になりそうです!
(2008年1月29日)
今年の8月25日は、とっても暑い、いや熱〜い一日でした!
東京上野にある国立科学博物館では「インカ・マヤ・アステカ展」が開催されていて大混雑!
そしてなんと、その中庭にて、
私が率いるアマチュア・グループ「カントゥ・フォルクローレ連酩」で演奏させていただいたのです!
主催のNHKの方から出演の依頼を頂いたのが5月の末。
私たちのグループが、インカ帝国の時代に演奏されていた音楽を
レパートリーにしていると聞きつけて声をかけてくださいました。
インカ帝国時代のままのスタイルで今でも演奏されている思われる代表的なものは
「カントゥ」という形式の音楽です。
今ではお祭りや結婚式などでしか演奏されませんが、
かつてはアンデス各地を旅しながら呪術と薬草で病気を治す「カリャワヤ」と呼ばれた人たちの、
儀式の際のバックで演奏されていた音楽だったそうです。
大きなトライアングルと笛(シーク)と太鼓で13名で演奏され、
高音部の音階に西洋音階には無い音を使っています。
笛が平行4度(村によっては平行5度)のハモりで演奏されるので、荘厳な重々しい曲調です。
アンデスの農業は、痩せた土地、厳しい自然と向かい合いながらの大変過酷なもの。
農民たちは、大地の神パチャママに豊作を祈り、
また実りを感謝する際に、音楽で彼らの神をもてなしました。
そして、約500年前にスペインによってインカ帝国が滅ぼされ、
征服者たちによってキリスト教に改宗させられようとも、
彼らは密かにパチャママ信仰を守りとおしたのです。
雨季の初めの種まきには雨乞いの騒がしい曲調のタルケアーダの演奏で雨雲を呼び、
そろそろ乾季を迎える頃には豊作の感謝を込めてダチョウの羽根飾りの踊りを伴うスリシークを演奏する。
演奏当日は、30度をかるく超える猛暑日。太陽は容赦なく照りつけます。
私たちの衣装は、厚手の真っ赤なポンチョ、毛糸の耳当て付き帽子の上に白いフェルト帽をかぶり、
茶色のマフラーを首に巻いた高地の寒い地方の恰好。
でも、これがカントゥを演奏するときの正装。いくら暑いとはいえ省略するわけにはいきません。
カントゥ3曲、タルケアーダ、スリシークの全5曲、20分のステージを4回行いましたが、
休憩時間に補った水分は、ステージですべて体外へというぐらいの過酷な演奏環境でした。
それでも、ステージの周りには、毎回150名を超えるたくさんのお客様。
たぶんほとんどの方々が初めて聴く音楽だったと思いますが、
真剣に私たちの演奏に耳を傾けてくださっていたのは感激でした!
(2007年9月27日)
ゴールデンウィークの5月3日、雲ひとつ無い真っ青に晴れ渡った空!
この日、横浜の街を練り歩く「第55回ザよこはまパレード(国際仮装行列)」が行われたんです!
コースは氷川丸で有名な山下公園をスタートして、赤レンガ倉庫を通り、馬車道通りを進み、
青江美奈の「伊勢佐木町ブルース」で知られる伊勢佐木町商店街を抜けるまでの3.8kmのコース。
それを各団体約1時間30分程かけてパレードするのです。
沿道には、たくさんの人、人、人・・・・その合間を、鼓笛隊やバトントワリング、
中華街の人たちの龍の舞、沖縄エイサー、よさこい、サンバ隊、企業提供の巨大フロート(車両)などが
パフォーマンスを繰り広げながら、ゆっくり進んでいきます。
その中に、今年初参加の「アンデス村祭り隊」がありました・・・・
そうなんです!ダメもとで応募してみたら、審査に合格してしまって、参加する事になってしまったのです!
さっそく、アマチュアのフォルクローレ愛好家たちに声をかけ、集まった30名でシクルアーダ隊を結成。
更に、友人の在日ペルー人のカルロスさんに声をかけて、25名の踊り隊を結成して、合計55名で練り歩きました!
シクリアーダ隊は、全員白い帽子に真っ赤なポンチョ姿で、サンポーニャをブイブイ吹きまくり、
踊り隊は綺麗な刺繍の入ったペルー山岳地方の民族衣装で踊りまくりました!
私はシクリアーダ隊の隊長で、演奏をしながら時々ホイッスルと手を使って、
演奏曲目の変更やフォーメーションの指示を出してました。
5月とはいえ太陽の照りつける中を分厚いポンチョ着て練り歩くのは結構大変!
た〜っぷり汗をかきました!終わった後、力を合わせてやり遂げたという、
充実感いっぱいのみんなの表情がとても印象的でした。
打ち上げ会場での生ビールはメチャメチャ美味しかったです〜!
パレードの模様は、テレビ神奈川をはじめ、首都圏のケーブルテレビで生中継され、
私たちのパフォーマンスも放送されたそうです。
大好きなアンデスの文化をこんな形でも、日本の多くの人々に紹介出来るんだなぁと思うと感慨無量です。
(2007年6月1日)
パパ・サラのステージで演奏されるサンポーニャという楽器。
アンデス先住民の言葉ではシークといいます。
シークとタイコを使って大勢で演奏するスタイルを「シクリアーダ」といって、
南米のアンデス地方ではインカよりももっと古い時代から演奏されてきた伝統ある音楽形式です。
サラリーマンやOLの皆さんを集めて私が主催している
「カントゥ・フォルクローレ連酩」というグループ総勢16名で、
先日そのシクリアーダを演奏してきました。
場所は千駄ヶ谷にある明治記念館。
それも、セミ・フォーマルの服装指定のディナーショー「ラテンアメリカの子供たちの為のチャリティー」。
主役は、ボリビア人、アルゼンチン人、ペルー人のラテンアメリカ人混合のグループ「ロス・トレス・アミーゴス」。
ゲストに歌手の布施明さん。彼らの歌と演奏を聴きながら、ディナーを楽しみ、
売り上げをラテンアメリカの子供たちの為に寄付するという催し。
ステージかぶり付の最前列のテーブルでは常陸宮殿下ご夫妻。
その回りのテーブルには約200名のきらびやかな衣装をまとった紳士にご婦人方。
そんなハイソサエティな雰囲気の中、ちょっと緊張気味に演奏してきました。
メンバーお揃いの真っ赤なポンチョに白い帽子という
ボリビアのニーニョコリン村の正装で会場内に繰り出した時には、「お〜〜っ!!」というどよめきと、
たくさんの拍車や手拍子をいただき、一同張り切って演奏することが出来ました。
また、フィナーレでロス・トレス・アミーゴスや布施さんたちと「花祭り」を一緒に演奏させていただいたり、
常陸宮殿下ご夫妻がご退席されて、玄関を黒塗りのクルマに向かわれる際に、
吹き抜けの2階ロビーから、祭の最後を意味する「カチャルパヤ・デル・インディオ」という曲を
シクリアーダで演奏しながらお見送りさせていただいたり、とっても興奮する一夜でした。
このカントゥ・フォルクローレ連酩というグループ、
今年の5月3日に行われる「第55回ザよこはまパレード」という、
横浜の中心街3,8kmのコースをパレードする催しへの参加が決まりました。
今後が楽しみです!
(2007年3月3日)
パパ・サラがアンデスへの入口
10年前の春、「ちょっと手伝ってほしいバンドがあるんだ」と
ハッチから頼まれたのがきっかけで、パパ・サラの活動に参加しました。
それまで、フォルクローレといったら「コンドルは飛んで行く」くらいしか知らなくて、
ペルーもボリビアも全く未知の国。ところが今では、5回のアンデス旅行を通して、
音楽だけでなく、歴史や文化など興味は幅広く広がり、フォルクローレが大好きな女性と結婚して、
家ではたくさんのアンデスの楽器や衣装に囲まれて生活しています。
10年前、もしバンマスが別のキーボード奏者をパパ・サラに誘っていたら・・・
たぶん、私の人生は今とは全く違ったものになっていたでしょう。
私がなぜここまでアンデスにのめり込んだか。
自分自身で振り返ってみると、まず思い当たるのは、アンデスの曲には
前向きな明るいイメージの曲が多いということ。私の性格には、ピッタリ!
まぁお祭りの曲が多いので、当たり前かもしれませんね!
2つ目は、「インカ」という謎めいた響きのある国が、たった500年前にその地に栄えていたということ。
そしてその文化には、現代の科学でも解き明かせない技術
(カミソリの刃さえも入らない巨大石組、乾期でもこんこんと湧き出る山頂の水路・・等々)が随所に見られたり、
遺跡や出土した日用品に記された神や人や動物はとっても愛くるしいキャラクターたちだったりします。
3つ目は、インターネットを通して、
日本全国のフォルクローレの仲間たちやアンデスに住む日本人たちと知り合うことが出来たこと。
いろいろ教えてもらったり、一緒にイメージを膨らませてみたり、
距離は離れていても刺激しあえる仲間がたくさんいてくれたのは、ありがたかったです。
ちなみにアンデス旅行のうちの3回は、インターネットで呼びかけて参加者を募り、実現しました。
他にもまだ思い当たることはありますが、以上の3つが主なところだと思います。
そして、フォルクローレと出会って10年目の今年、私のオリジナル曲がCDになりました。
ケーナ奏者のMasahikoさんが、朗々とメロディーを奏でてくれています。
CDタイトルは「アンデスの心」。ご興味のある方は、こちらをどうぞ。
http://www.kenta90.com/masahiko/
(2006年12月25日)
9月18日(月・祝)に、ケーナ奏者のMasahikoさんとコンサートをやります。
演奏曲は「コンドルは飛んで行く」、チャランゴ奏者のTOYO草薙さんの作品2曲、
の他はすべて私のオリジナル曲&編曲なんです!
アウトクトナものから、フォルクローレ調のもの、そして、ポップス、ラテン調のものなど、
まぁいろいろな曲をそろえ、歌あり、コーラスあり、
ステージの後ろにVJ(ビデオ・ジョッキー)の映像を映したりで、
来てくださったお客さまにたっぷり楽しんで頂けるような構成になっています。
そうそう、TOYO草薙さんの作品2曲は、彼の奥様(ボリビア人)の
スペイン語やケチュア語の歌詞がついていたのですが、
日本語の歌詞の方が親しみやすいだろうということで、初めての訳詞に挑戦!
その勢いで自分の曲にも歌詞をつけてしまいました。
メンバーは、Masahikoさんが学生時代から演奏を共にしてきた「ロス・アビオネス」面々。
ゲストにケーナ奏者の小川隆さん、パーカッション奏者の伊藤アツ志さんを迎え
総勢8名で繰り広げる予定です。JR蒲田駅前の大田区民小ホールにて。
お近くの方で、お時間ありましたら、ぜひどうぞ!
詳細はこちらのサイトをご覧ください。 http://www.kenta90.com/masahiko/
(2006年9月11日)
去年の8月に南米ボリビアのウユニ塩湖を訪ねた時、
360度地平線の彼方まで真っ白い塩の大地に、
ただただ圧倒されてしまったのですが、
そんな真っ白い世界が日本にもあるというのです。
それは毎年1〜3月ごろ、シベリア大陸から北海道のオホーツク海沿岸に押し寄せてくる流氷。
その最盛期には、水平線の彼方まで真っ白に覆い尽くされるというのです。
この流氷の上を歩いてみたくて、冬の寒〜い北海道行きを決意しました!
ところが3月末頃までオホーツクの海を覆い尽くしているはずの流氷が、
なんと例年よりも1ヶ月も早く海明け(流氷が完全に沿岸を遠ざかり船の航行が可能になること)してしまったとの情報。
でも数ヶ月前から日程調整して、飛行機、宿、レンタカーと予約済みのため、もう後には引けません。
女満別空港に降り立ったのは、3月6日。
空は真っ青に晴れ、道の所々に雪が積み上げられているものの道路は乾いていて、
雪深き北海道の大地を想像していた私はまたまたがっかり。
それでも、網走湖に張った氷の上のアザラシくんたちの昼寝を見つけた時には、飛び上がって興奮しちゃいました!
レンタカーにはナビが付いていて、行き先の電話番号を入力すれば、直ちに案内を開始してくれます。
「博物館 網走監獄」「オホーツク流氷館」「北方民族博物館」を見て回りました。
濤沸湖では、たくさんの白鳥たちが羽を休めていましたし、国道沿いではエゾ鹿の群、
ちょっと寄り道して脇の山道に入るとキタキツネも顔を出してくれました。さすが、野生の王国北海道!
流氷の季節は漁船が出られないのもあって、
網走、ウトロ近辺でこの時期一番美味い海の幸といったらウニだそうで、がっぽり頬張ってきましたぁ〜!
流氷の上を歩く流氷ウォーク。
港の隅に置き去りになった流氷でならば出来るとのことで、渋々顔のカミさんの尻をたたいて、
洋服の上からドライスーツを着せてもらって挑戦してきました!
流氷のかけらと一緒にプカプカ海に浮かんだり、流氷の上でシーソーごっこしたり、結構楽しかったです。
カミさんもキャッキャとはしゃいでました。
雪山越えで美しい樹氷をみたり、東藻琴村に住む私の高校時代の友人に会ったり、とっても楽しい旅になりました。
●旅の詳細をインターネットで紹介しています。
http://kenta90.net/~kenta90/2006hokkaido/
(2006年4月5日)
前回に続いてボリビア・ツアーレポートの第2弾!
いろいろ盛りだくさんのツアーの中でも初めて行ったウユニ塩湖は大感激でした!
首都ラ・パスからチャーターしたバスに揺られて13時間。
120Km×100Kmの大きさ、20億トンの膨大な塩で出来ているというこの塩湖は、
太古の昔に海底がいっきに海抜3,700mまで隆起、時が経つうちにたまった海水が蒸発して出来たそうです。
8月の気候は乾期のため、雲ひとつ無い真っ青な空に強烈な太陽の日差し。
時折サングラスをはずしては、地平線のかなたまで360度どこを見ても真っ白な銀世界を堪能しました。
この塩湖の上、道無き道をバスは全速で走ります。
塩湖のちょうど中央に、まるでムーミン谷のニョロニョロの島みたいなイスラ・デル・ペスカ(魚の島)があります。
このニョロニョロの正体は、実は人間の背丈の2〜3倍はある巨大なサボテン群。
ごつごつした岩肌の島一面に生息しているのです。
途中、バスが塩のぬかるみにはまってしまって立ち往生。
はじめは旅にトラブルはつきもの、何度か挑戦すれば脱出できるだろうと軽く考えていましたが、そうは甘くなかったのです!
全員で頭をひねっての脱出作戦は失敗につぐ失敗。
そのうちに日がとっぷり暮れて、気温がどんどん下がっていく。容赦なく吹き付ける冷たい強風。このままでは、あわや遭難か!!
結局、遠くに見える村の灯りをたよりに、こぼれ落ちそうなほどの星の瞬きを見上げながら 、
とぼとぼと塩の上を歩いて救助を頼みに行きました。
1962年製のトヨタのボンネット型のトラックにいろいろ積んでさっそうと駆けつけた村の青年は、
慣れた手つきでバスをジャッキであげ車輪の下に丸太や長い板をはさみ、
ものの30分ほどで私達のバスをぬかるみから救い出してくれました。
地球の裏側で、まさか自分の生まれた頃に製造された日本製のトラックに助けられるとは思いませんでした。
この一件で、その後のツアーの予定が大きく狂ってしまいましたが、今となっては忘れられない貴重な思い出です。
このツアーの思い出をホームページで紹介しています。ご興味ある方はぜひ覗いてみてください。
http://www.kenta90.com/05tour.html
イスラ・デル・ペスカにて、一番大きなサボテンの前で。
(2005年12月7日)
8月22日から16日間、5回目のアンデス旅行に行ってきました。
今回はうちのカミさんの要望を受けて、チチカカ湖に浮かぶ太陽の島、
ウユニ塩湖、ティワナク遺跡などの観光地をコースに入れました。
インターネットで参加者を募ったら、アッという間に5名の応募で、即日締め切り。
私たち夫婦を入れて7名でのツアーで行ってきました。
もちろん田舎の農村も訪ねていって、インカ帝国の頃から農民たちのあいだで
脈々と演奏されてきたアウトクトナと呼ばれる素朴な音楽もたくさん聴いてきました。
こういう村々でご馳走になる料理やお酒は、素朴な味付けでありながら、実に美味しいです。
今回の旅行で一番美味しかったのは、イタラケという地域にあるワヤンカ村の昼食でいただいた羊の肉とその煮汁で作った麦の雑炊。
羊の肉が腐る間際に調理するのがコツだそうで、羊特有の臭みが全くないのには驚きました。
お酒は、チチャをいただきました。発芽したトウモロコシを乾燥させて、
粉にして水につけて発酵させたもので、度数は低いのでドンドンいけちゃいます。
味は・・・ちょっぴり酸味があって、レモンサワーみたいな感じでしょうか。
もちろん観光地と言われているところにだって感動はあります。
乾期のチチカカ湖の何とも言えない深い「青」の色はホント素晴らしいですし、
地平線の彼方まで塩で真っ白のウユニ塩湖の大自然は壮大です。
今回の旅行記をホームページで公開しています。
まだ、制作途中ですが、興味のある方は、ぜひ覗いてみてください。
http://www.kenta90.com/05tour.html
(2005年10月15日)
最近の我が家のニュースといったら、小さな庭なんですけれど野菜を育て始めたことです。
ホームセンターで気に入った野菜の苗を買ってきて植えました。
がっぽりの野菜を収穫を想像しては、ウキウキ、ドキドキで始めましたが、
はっきりいって野菜についての全くの知識のないど素人の私。とにかく、失敗続き!
狭いスペースにあれこれ欲張ってしまったために数週間後には、
それぞれが大きく成長してしまって、ぎゅうぎゅう詰めの満員御礼状態。
1株だけ植えてみたレタスは、ブロッコリーの葉っぱの影になっていまい畑の肥やしに、
キャベツはうまく球状になってくれたのですが、食べるのを楽しみにしていたのは私だけでなく何かの幼虫。
私の分までとっておいてくれる様子がないので、くれてやりました。
それでも真っ先に食べられる大きさに育ってくれたのがブロッコリー。
穫りたてを茹でてマヨネーズで食べました!
その後も、トマト、ナス、キュウリと収穫しました。まだ数は少ないですが立派なのがが獲れましたよ〜!
(2005年7月29日)
明けましておめでとうございます!
明けて早々、当ててしまいました・・・実は、パパ・サラ初仕事の日、ステージもバッチリ盛り上がって、
楽器や機材の片付けも終わり、さあ帰ろうというときに、
私の不注意で搬入口の扉をハッチの新車のバックドアのヘリに当ててしまったのですぅ〜。
傷口は1センチぐらいで小さかったのですが、深さがあり、
放っておいたら、そこからサビが進んで傷口が拡がってしまいそうな感じ・・・
申し訳ない気持ちいっぱいで修理は全額負担するからと約束して、その日は解散しました。
後日、ハッチから「ビックリしたぁ〜!」とメールをもらいました。
修理の見積もりを出してもらったら、なんと!6万円もかかるというのです。
傷口の大きさから見たら余りの高額!要するに塗装は後から全く同じ色には塗れないので、
ドアの半分ほどの広範囲をぼかしながら塗って境目をわからなくする技術料が高額なのだそうです。
不注意とはいえ、仕方ないです。気の済むように修理してくださいと返事しました。
私の友人で保険屋がいまして、以前、クルマが故障した時のことを話したら
「え〜!何でその時ひと言相談してくれなかったの!」と怒られちゃったことがありました。
何でも、故障したクルマの運搬は私が入っていた保険で保証されていたとのこと。
そんなことを思い出して、今回のこともダメ元で相談してみました。
そしたら!です。自動車の保険は使えないけれど、「個人賠償責任保険」というのがあって、
火災保険とかクレジットカードとかに付いていて知らない間に加入していることがあるので調べてみたら、
とアドバイスしてくれました。実際、調べてみたら・・・
入っていたんです!!月々70円の掛け金で1,000万円までの保証(免責1,000円)。
他人のモノを壊してしまった時の修理代や弁償代、傷つけてしまった時の治療費などを保証してくれるのだそうです。
当分はおこづかい0円で、楽器もCDも美味しいものもぜ〜んぶ、ぜ〜んぶ我慢しなくちゃと、
あきらめかけていたところに、天の助けって感じでした。
(2005年1月26日)
前号で、茨城県にあるダチョウ王国に出かけて300枚のダチョウの羽根を仕入れてきたお話をしました。
これらの羽根を使って、りっぱな帽子飾りがばっちり出来上がりました!
下の写真は、今年の5月に兵庫県で行われた三木山フォルクローレ音楽祭に出演したときの写真です。
これは、私が趣味で主催している、インカの時代から伝わる音楽(アウトクトナ)を演奏するグループで、
サラリーマンや主婦、OLの方々中心に20名以上の方々が参加してます。
「スリシーク」と呼ばれる独特な音列のサンポーニャ&奏法&羽根帽子で、
関西の皆さんから拍手喝采をいただき帰ってきました。
最近では、私たちの活動に刺激されてか、関西、九州のネット仲間たちが相次いでアウトクトナ・グループを結成。
アウトクトナの演奏は、大人数であればあるほど楽しいことから、
来年は、関東、関西、九州の3グループ合同で演奏する計画が持ち上がってます。
さてさて、どうなることやら・・・乞うご期待!(2004年11月10日)
写真提供:タマキートさん
先日、茨城県にあるダチョウ王国にカミさんと行ってきました。
そして、ガッポリとダチョウの羽根を300枚、仕入れてきました!
えっ?そんなにたくさんダチョウの羽根をどうするのかですって?
ぐふふふ!実は、これらの羽根を使って帽子飾りを作るのです。
アンデス地方では、ダチョウは「スリ」と呼ばれ、その羽根はとっても貴重なモノとされています。
私が趣味で主催している『インカの時代から伝わる音楽を演奏するグループ』で、
スリの羽根飾りの帽子をかぶって演奏す「スリシーク」という音楽に挑戦することになりました。
で、それならば衣装も作っちゃえ〜!ってことになったわけです。
出来上がりましたら、この欄でご紹介しますね!
完成品は、「うっひょ〜!!素晴らしい〜!!」ってモノになる・・・ハズですが、さてさて乞うご期待!
(2004年3月28日)
去年までの厄年が晴れて明けまして、新しい年はドッカ〜ンと盛り上がりますよ〜!と意気込んでいます。
今年もよろしくお願いいたします。
(2004年1月14日)
このところの著しい体重増加に自分自身これはいけない!と一念発起、始めました!!
ぐふふふ、温水プール通いです。
海水パンツに水泳帽、そして水中メガネを買い求めまして、
近所の区民温水プールに週3〜4日のペースで出かけて、泳いでいます。
初めは25m泳いだだけで、ハアハア、ゼエゼエと息が切れておりましたが、
一週間後には、なんと!休憩無しで800m、一ヶ月後には1.5kmを越し、
今では約50分かけて1.8 〜2kmほど泳いでます。
3ケタあった体重も90kg台に戻り、このぶんでは80kg台も夢ではなくなってきました!
何といっても泳いだ後でズボンをはいた時、
モモのあたりが泳ぐ前より幾分ゆったりしたように感じるのが、たまらない快感であります!
あっ!もちろん「泳いだ〜」という充実感や身体を動かした後の爽快感もとっても魅力です。
ただ、これからの季節、忘年会に新年会と飲んだり食べたりする機会が増えるので、ちょっと心配!
年末年始は、区民プールもお休みだし・・
(2003年12月10日)
ウツボカズラってご存じですか?
葉っぱの先からツルが伸びて、その先に蓋のついたひょうたん型の壺がぶら下がっている食虫植物です。
先日、近所の花屋さんで見つけて、壺が15個もぶら下がっているのを買ってきました。
壺の大きさは、大きいものだと十数センチもあります。
食虫植物といっても、別に毒を持っているわけではないし、
虫を採って与えたりしなければならないということもないです。
壺の内側から甘い匂いを出して虫を誘うそうで、中を覗くと小さな虫が入っています。
適当な水分と朝の陽に当てることが大切だそうで、特に西日を嫌うそうです。
といことで、朝日が燦々と降り注ぐ、家の門を入ってすぐの玄関の扉の脇にぶら下げました。
我が家を訪れるお客様がウツボカズラに気が付いて、ギョッとされる表情が最近の楽しみであります。
(2003年7月17日)
明けましておめでとうございます!
今年から毎日欠かさず始めたことがあります。それはお風呂。私もカミさんもシャワー党で、
これまでは風呂を沸かすのは年に数回ほどだったのですが、正月遊びに行った友人宅で
湯船につかることの良さをトクトクと説かれまして、試しに数日間続けてみたのです。
そしたら、これがやみつき!パソコンで仕事しているカミさんは、肩凝りがずいぶん楽になった
というし、私も湯上がりの爽快感がたまらな〜〜い!!!カミさんがいろいろな入浴剤を
次々買ってくるので、毎日違った色と香りを楽しんでいます。ちなみに今夜は乳白色の
お肌すべすべ・・・のでした。
(2003年1月31日)
最近、週一回教室に通いはじめました。
ぐふふふ・・・!アンデスの人たちと、おしゃべりしてみたくなってしまって・・・。
そうなんです!、ペルー人のマリサ先生にスペイン語会話を習っています。
今、動詞をやっているんですけれど、スペイン語って、
人称、単数、複数、現在、過去、未来をすべて動詞の活用で表現するんです。
1つの原形の単語に40以上の活用形があるので、憶えるのがもうた〜いへん!!
こりゃ、もしかしたら英語の方が、メチャメチャ簡単だぞ!!
それでも、アンデスの旅で知り合った友人たちとおしゃべりしたい一心で、今日もペラペラ辞書をめくっています。
(2002年11月5日)
インターネットを通して多くのフォルクローレ愛好家の方々と知り合いました。
先日うちのカミさんとそんな愛好家のおひとりI氏宅におじゃました。
I氏は私と同年代、学生時代からフォルクローレに親しんでいらした方で、
彼のお宅はレコードやCDはもちろんのこと、いろいろなお宝がザックザク!
中でもビデオ映像はなかなか手に入れるのが難しく、私もつい興奮してしまいました。
3年前にパパ・サラとコンサートで共演させていただいた
日本を代表するケーナ奏者、エルネスト河本氏の若き日のテレビ出演映像。
70年代の日本でフォルクローレブームが起こるきっかけをつくり、
86年に交通事故で世を去ったクリスティーナ&ウーゴのテレビ映像には、もう心臓バックバク!
彼らのレパートリーを何曲か取り入れて演奏している関係で、
パパ・サラに参加させてもらった当初から聴いていて思い入れの強いグループ!
音と写真だけでイメージを膨らませていただけに、動くクリスティーナとウーゴは衝撃的でした。
こういうモノ、あるところにはあるのですねぇ!I
氏お手製のおいしいペルー料理とフォルクローレ談議で、お腹も心もいっぱいの夜でした。
(2002年4月5日)
今年の正月は、結婚して初めてということもあって、
私の両親の住む長野と、カミさんの実家の群馬をふたりで車で駆け抜けました!
どちらの家でも大歓迎で、たらふくおせちをいただきました。
カミさんのお母さんのお雑煮は鳥ダシしょうゆ味で大ヒット!
何バイもおかわりしてしまったおかげで、今はひっそりダイエット中!
(2002年1月30日)
前号の発行時点(6月上旬)では、 まだハッキリしていなかったので、
ご報告が遅れましたが、6月の末に突然結婚しました。
今まで、気ままな一人暮らしに満足していましたし、
特に「何としても私の奥さんになりたい!」という女性も現れませんでしたので、
回りは「早く身を固めろ云々」騒げど、本人はいたってのほほ〜ん!としておりました。
私の奥さんになってくれた人は、 インターネットで3年前に知り合って、
ずっとメル友(メール友だち)のひとりだったのですが、
今年の2月頃からお付き合いを始めて、
4月頃ふたりの気持ちが、フッと結婚を意識し始め、
それからが早かったです。何の障害もなくトントント〜ンと話しがすすみ
6月の末にはふたりの左手の薬指に指輪がはまってました。
今から思い返すと、これが「縁」というものなのかなぁって、しみじみ思います。
これからは、奥さん共々よろしくお願いいたします。
(2001年11月20日)
7月11日より10日間、3回目のボリビア旅行に行ってきます。
今回の旅は、15世紀にインカ帝国がスペインに征服される以前から、
チチカカ湖周辺の村々に伝わる「カントゥ」の生演奏を聴くのが目的です。
鉄骨を曲げて作った大きなトライアングル、大木をくり抜いて作った
重〜〜いタイコ、そして十数人の編成からなるサンポーニャ隊!
病気を治すために、カリャワリャと呼ばれる祈祷師の祈りに合わせて
演奏したとされるこの音楽は、今でもとっても神聖なものとして
結婚式や、7月16日のラ・パスの日などで聴くことができます。
魅力いっぱいのボリビアを」堪能して来ま〜〜す!
(2001年6月12日)
先号で、ビニール袋でモミモミして作る漬け物にハマっていることを書きましたが、
なんと!今は、毎朝ぬか床をこねくり回す身になってしまいました。
初めはなかなか美味しい漬け物が出来ずに、何度あきらめようと思ったことか・・・
昆布と鷹の爪の刻んだ物を混ぜて、たまに気の抜けたビールをあげて、
2週間ほどまずいのを我慢して食べていたら・・そののち美味しい漬け物が出来始めました。
でも、ある時忙しくて3日ほど放っておいたら、とたんに味が落ちるのね!
味が回復するまで、2〜3日かかりました。
ナスにキュウリももちろん美味しいですが、何と言っても私のお気に入りはダイコン!!
暖かいご飯はもちろんのこと、おやつに、酒のつまみにバッチリです!!
(2000年12月5日)
最近、ぬか漬けにハマっています。
といっても、ぬか床作って 漬けている わけではなく、ほら! テレビのコマーシャルで やっているでしょう。
ビニール袋に入れて、 モミモミして 冷蔵庫に入れて 一晩置いておくヤツ!
漬ける時間などを 工夫すると、結構おいし く食べられます。
もっぱら キュウリとナスを 漬けておりまして、 毎日、 1本ずつ食べてます。
カリッ! カリッ!と 浅漬けのキュウリを 食すなんざぁ たま りませんぜ!!
(2000年9月9日)
昨年の11月に新宿文化センター大ホールの初舞台を踏んでから、
はまってしまっていることがあります!
それは何かというと、実は「パルワイ」というペルー舞踊のグループに入れてもらって踊っているんです!!
すてきな民族衣装を着て、フォルクローレに乗せて身体いっぱいい動かして、メチャクチャ楽しいですよ!!
今夜は8月に出演するコンサートに向けてトンデーロとワイラスいう踊りを中心に練習をしてきました。
衣装が入らなくなってしまうのでこれ以上太ってはダメ!とリーダーからきつく言われています。
あいたぁ・・・!!
(2000年6月25日)
3月1日(水)より2週間程、地球の裏側、南アメリカのボリビアへ行ってきます。
前回パパ・サラのメンバーと出かけて以来、 一年半ぶり2度目の訪問になります。
皆さんご承知のように、ボリビアはフォルクローレのふるさと!
楽器・衣装・CD・ビデオ・書籍などがっぽり買い込んで、
またコンサートやライブなどで良い演奏をたくさん聴いて来ようと思っています。
しかし、今回の旅の目的は、これだけではないのです!!
そう!! 3月4日(土)から行われるオルーロのカルナバルを 見物するのです!!
このオルーロのカルナバルは、ブラジルのリオのカーニバル、
ペルーのクスコのインティライミと並ぶ南米三大祭りのひとつ。
金銀のきらめく仮面や華麗な衣装に身を包みディアブラダ(悪魔の踊り)を踊りまくるのだ!!
そして、3月6日(月)には、なんと!!ラパスのカルナバルのパレードに参加するのです!!
ラパス中心に活躍している「パクシ・カナ」というアウトクトナのグループの連中とともに、
タルカという楽器を吹きながらラパスの町中を練り歩きます!!
こりゃもう想像しただけでドッキドキ!!
帰ってきましたら、パパ・サラだよりやライブで旅の報告しますね!!
乞うご期待!!
(2000年2月25日)
因島公演の 実行委員長の 幡地さんのお宅に おじゃましたときのこと。
茶の間に、いくつもの水槽が並んでいて、いろいろな種類の熱帯魚が泳いでいるじゃありませんか!
私も自宅で エンジェルフィッシュを 飼っているものですから、思わず目を 奪われました。
そして、 ビックリ!!
幡地エンジェルフィッシュの大きくて立派なこと!!
貫禄満点!!
ヒレの見事さは メチャすごい!!
それにくらべ 木村エンジェルフィッシュのなんと貧弱なこと・・・これじゃまるで、王様と乞食じゃ!!
あまりにも差が付き過ぎているじゃない?
なぜなの?!?!?!
その答えは、すぐにわかりました。
餌です!
私は熱帯魚用の餌を与えていたのですが、 幡地家では、なんと冷凍赤むしを 与えていたのです!!
ツアーからの帰り道に さっそく 買い求め、
以来、 我が家のエンジェルフィッシュたちの食卓も、 冷凍赤むしを 欠かしていないです。
赤むしを 奪い合いながら 食い付くさまはとにかく凄い!
熱帯魚用の餌では、見られない光景です。
そして、あっという間に、 そのすべてを 食べつくします。
あれから約1ヶ月。そんなにすぐに 貫禄がつくわけでもないでしょうけれど、
幾分ヒレが大きくなったような気がするのは、やっぱり親バカってやつでしょうか?
(1999年8月10日)
先日、友人たち10名で、九十九里・白里海岸に バーベキューをしに行ってきました。
風が強かったせいで、せっかくのお肉も砂混じり状態!
でも、空腹には勝てず みんなバクバク食べてたなぁ。
もちろん後半は、風を避けて、砂なしお肉もちゃんと味わえましたよ。
ところが、この時私、携帯電話を落としてしまったんです。
海岸じゃ探しようがなくって、後日、新しいのを買い替えました。
しかし、最近の携帯電話はやたらたくさんの機能がついているんですね。
なんと、ゲームまでついているんですから!
さっそく、着信メロディーに「花祭り」と「カンドンベ・パラ・ホセ」っていう曲を入れました。
誰かはやく電話かけてくれないかなぁ!
(1999年5月25日)
今年の決意!スペイン語会話の勉強と貯金。
来年の2月にBoliviaで行われる南米の3大祭りのひとつ「オルーロのカーニバル」に行くことに決めました。
2週間ほど滞在して、あちらこちらの小さな村々を回ってみたいです。
(1999年1月15日)
インターネットのサーチエンジン(いうなればホームページの索引のようなもの)で調べごとをしていたとき、
ふと、自分の名前を入力してみることを思いついた・・・
いるわ、いるわ・・・大分、広島、和歌山、三重、埼玉、それに東京。
20歳過ぎの学生さんが多かったな。
歌手の清水健太郎の影響かな。
ホームページに載っている何人かの木村健太郎さんの顔写真を眺めていたら、
なんともまぁ不思議な気持ちになってしまった。
(1998年2月10日)
家にいるときはドップリとパソコン漬けの生活で、いよいよホームページを開きました。
その名は「kenta90」!
健太郎90キログラムの略なのですが、
見てくれた友人いわく「90キロたぁ、ずいぶんサバ読んでるなぁ」
パパ・サラのこともたくさん載っています。
アドレス(URL)は、http://www.kenta90.com。
(1997年6月21日)
待望のインターネットを開始。
憧れの電子メールのやりとりが出来るようになったものの、相手は長野在住の父親だけ。
誰か相手しておくれ〜!!
番号は「kenta90@t3.rim.or.jp」ちなみにkenta90の90は、僕の体重デス。
(1997年2月21日)
ジャズ、ロック、これまでの世界から一転してフォルクローレへ。
心地いいメロディーが新鮮で、いま楽しくてたまらないのです。
ウワーォ!!
(1996年10月10日)
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