小村久仁夫近況!
パパ・サラ・クラブの会員に郵送しているパパ・サラ便りに掲載されたものです。
2008.4.16.更新
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皆さん、新年明けましておめでとうございます。
本年もパパ・サラをよろしくお願い申し上げます。
いつもの様に新年を気持ち良く迎えようと思っていたところ、とんでもないお正月になってしまいました。
年末30日夜、風邪を発症し大晦日、元旦と39度近い熱に悩まされ
2日の明け方ようやく熱が下がり、その日にフラフラのまま故郷に帰りました。
いつもの様に浜に出て、相模湾の向こう、雪をかぶった富士山を見ながら心新たに・・・
というわけにはいきませんでした。
7日から遺跡調査関連の仕事が始まり、8日には大田区久ヶ原に遺跡の試堀作業に行ってきました。
立ち並ぶ高級住宅街の一角、深さ1m50cmくらいの所から弥生時代の住居跡の一部と
その上から掘り起こされた江戸〜近世ころのお墓の一部、
遺体の骨及び永楽通宝1枚が見つかり、これを記録してここでの試堀作業はここまで。
後は掘った土を埋め戻し、本調査日の決定待ち。
(ちなみに8日は私の誕生日、又ひとつ年を重ねてしまいました。)
パパ・サラの活動は、2月のライブ、3月の宮崎での仕事を控えていますが、
今年中に何とか次のCDアルバムをリリースしたいものです。
何はともあれ、又風邪等ひかぬ様に、皆さんも健康に気をつけながら一年をお過ごしください。(跳老)
(2008年1月29日)
五月晴れ、さわやかな風がホホをなで・・・・・と感じたのもつかの間、
真夏の様な暑さの中、相変わらず深大寺付近で発掘作業を続けています。
そんな中、わが団地、いやわが部屋では近況『いやー今年の夏は暑かった』と
ようやく言える今日このごろと思いましたが、ドッコイまだまだ暑さは続く様です。
8月中旬の36度を超える猛暑の中、楽しさと厳しさを味わう事になりました。
恒例のお盆休み8月13〜16日、古里に帰りお墓参りをしたあと、
連日地元のチョイ悪おやじ連中と5人で潮の引く時間(お昼前後)に合わせ海に出かける。
今年はまれに見る好天と何年ぶりかで大潮(潮の満ち引きが一番大きい)にめぐりあい、
いつも潜れない深さまで潜ることが出来、又、地球温暖化のせいか・・・?
今年の海は海水温度が高く、1時間以上海に入っていても全然寒くならずこんな事は初めての事。
毎日少しながらサザエ、トコブシ、ウニ、アワビ、タコ等、海の恵みをいただく事が出来ました。
久々に楽しいお盆休みをすごした翌日から、東京は井の頭公園入口の個人宅で遺跡発掘調査が始まりました。
連日これ以上汗は出ないという程汗をかきながら中庭2m×2m深さ2m30cmをめざして、
2人で10分交代、大家さんからの差し入れの冷たい飲み物で水分補給しながらの発掘、
近くに有名な焼鳥屋さんがあり、昼ころから風むきによってその匂いがプンプン、まいったなー。
途中、縄文時代中期の土器片が数点。
深さ2m30cm、最後の掘りで旧石器時代(今から約1万3千年以前)の石器の破片(黒曜石)、1点発見。
体感温度36度どころではない炎天下での一週間、いやー厳しかった。(跳老)
(2007年9月27日)
五月晴れ、さわやかな風がホホをなで・・・・・と感じたのもつかの間、
真夏の様な暑さの中、相変わらず深大寺付近で発掘作業を続けています。
そんな中、わが団地、いやわが部屋では、あの平和の象徴といわれている
鳩との戦いが連日くりひろげられています。
朝早くからバタバタ、バタバタ、グルグルゴロゴロ、グルグルゴロゴロと
目覚まし代わりに来襲。気が付けばベランダの物置の下に二羽の鳩が、今まさに巣作り開始。
『冗談じゃありません』と焦って追い返す。
実は数年前、4階の部屋を借りている時に、隣の部屋は鳩御殿。
スキあればこちらに巣作りと飛んで来る。
ベランダに流れ込む強烈な糞のニオイ、仕切を作ったり、
金網を張ったりと大迷惑を被りました。
そんな事もあり、あと何日かかるか、鳩との根くらべの今日この頃です。(跳老)
(2007年6月1日)
2月2日今年はじめての国立ライブを無事終わり、
お客さんもアットホームな雰囲気を楽しんでくれた様で、
良い反応がいろいろな人から返って来て私も一安心。
特に昨年のライブは風邪の影響で声もイマイチ、
今回はリベンジの様な気持ちでのライブ、声も何とか元にもどって来た様です。
今年も、またまた来てしまいました。昨年より少ないとか何とか??
鼻水、目のかゆみ、相変わらずの症状。
現在、東府中で、竹林が風にそよぎ、白梅が満開の中での発掘作業を続けていますが、
唯一花粉症だけが邪魔をしています。どこかに特効薬は・・・ 跳老
(2007年3月3日)
10年目のパパ・サラ、そして新しい年
パパ・サラ公式行事も12月28日の忘年会を残すのみとなりました。
何と一年という時間の流れの速いこと。最近は若い人まで「一年が早い」等と云い出す始末。
本年は定例のライブ活動と共に2月26日、27日相模原おやこ劇場出演、
9月18日サンヨーホーム感謝祭(森のホール21)出演、
10月14日10周年記念ライブ(新宿ミノトール2)、
11月11日6年ぶりに飛騨高山市久々野町"イキイキ縄文フェスティバル"出演
(前日は快晴で市内観光紅葉等満喫、当日は雨風で会場変更等大荒れ)
個人的には生まれて初めて一年に3度も風邪をひいてしまい、プロとして恥ずかしい限りです。
2007年は、この様な事のないよう気持ちをひきしめ、
まずは2月2日の国立での初めてのライブを、
また6月に予定されている念願の宮崎県都城で、ファンクラブの寺田さんの力をお借りして公演を成功させる事。
CD第4弾リリース? そして当然定例ライブ充実と2006年より一歩前進した2007年にしたいものです。
みなさんの応援よろしくお願い致します。
追伸
私、ただいま新宿区若葉町において江戸時代を中心とした遺跡発掘調査作業をしております。跳老
(2006年12月25日)
何と云ってもこの時期は旧盆に合わせて故郷の三浦三崎に帰って墓まいり。
それから実家に寄って美味しいマグロの刺身や金目の煮付けを、
又弟の家によばれアワビの刺身、これから段々食べれなくなるといわれている
マグロのハチの身丼(マグロの脳天)等、ごちそうになり大満腹。
そして恒例の同窓生とのバーベキュー。14,15,16日台風の影響で
やや荒れ気味の海で泳ぎ、素もぐりでトコブシ、ウニ、サザエ等
少々取らせていただきました。(毎年、同じ事を書いているかも)
一方、この期間の前後、現在まで連日30度を超す炎天下、
熱中症寸前の条件の中、京王線府中駅付近で遺跡の発掘作業を続けています。跳老
(2006年9月11日)
2/26、27の大仕事を終えて一安心。
3月に入り毎年の花粉症と少し出始めたゼンソクに気をつかいながら
現在、神代植物公園前の武蔵境通りに面しての遺跡発掘作業を続けています。
久々に連日の肉体労働で筋肉痛を感じながらも仕事を終ってシャワーを浴びながら、
大声を発し全身の心地良い疲れの中晩酌のビールの美味しさに身を浸しつつ、
今年は10周年の年、それに合わせてくれたかの様にテレビでは、
マチュピチュの話、アマゾン遺跡の話、ナスカの地上絵、ペルーでの遺跡新発見、
アステカ文明、マヤ、グアテマラの遺跡等々、続々と放映され楽しませていただいております。跳老
(2006年4月5日)
本当に久しぶりに遺跡の発掘調査に行って来ました。
調布市内の某所3カ所を・・・好天気に恵まれ遠く調布飛行場の向こうに富士山を眺めながらの作業。
休憩時間には傍らになっているキンカンの実を二粒三粒いただき疲れた身体に喝!
富士山といえば、この日も素晴らしい眺めでしたが、
11月30日早朝6時20分頃に7階のベランダから見た富士山は朝焼けの美しい色を山頂の雪に映し、
それはそれは見事な富士山でした。
それもこれも早起きのおかげ。(仕事のせいか、歳のせいか)
皆さんもあちこちから見たでしょうか?
今年は還暦と共にいろいろありましたが、久しぶりに癒されたひとときでした。跳老
(2005年12月7日)
この時期の近況は、毎年同じ文章になっているかも(スミマセン)。
何と云っても8月は年に一度の楽しみお盆帰省です。 8/12〜16親友の家にお世話になり、
お天気にも恵まれ4日間しっかり泳ぐ事が出来、夏を満喫しました。(トコブシ、アワビ、ウニもとれました。)
しかし、楽しい事ばかりではありません。
何十年と正月、お盆と会っていた仲間の一人が60才で亡くなり、花火バーベキューにいなかったからです。
やっぱり還暦は大厄なのかな。
恒例の遺跡発掘作業記事も残念ながら仕事が切れて書く事が出来ず、選挙結果等々、
書けば書くほど暗くなりそうなので,この辺で。跳老。
(2005年10月15日)
5月初旬ころから何年ぶりかで妙な風邪にとりつかれ、体中の筋肉が痛み咳きで夜眠れなかったり、
仕事は何とかこなしながらもかなり長引き、7月の声を聞いてようやく直った感じ。
7月5日ペンギンライブに間に合って良かった良かった・・・ということで、
この間、五反田から池上線に乗って久が原下車徒歩約10分の現場で遺跡の発掘作業を続けています。
6月30日に年に1度の神奈川県子ども劇場おやこ劇場の企画事務局会議に参加し
パパ・サラ高学年例会“風邪になって”、低学年例会“コンドルは飛んで行く”の作品説明(5分間)をして来ました。
全国から51団体122作品が提出されました。
はたして来年度、パパ・サラは呼んでもらえるでしょうか?本年10月決定。
(2005年7月29日)
2005年、ついに人生大きな節目となる年を迎えてしまいました。
還暦、酉年、厄年、花粉大飛散の年、さぁどうする。
新年はいつもどうり故郷に帰り、相模湾の向こうに鮮やかに浮き出た富士山を眺め
決意を新たに美味しい刺身を食べ、年に2回会う友と旧交を深め帰ってきました。
とにもかくにも、これからの一年一年は人生の貴重な1ページになっていくと思います。
ますます地道な努力で、パパ・サラの活動を続けていきたいと思います。
尚、遺跡の発掘調査は、昨年より南武線分倍河原駅近く、新駅建設に伴う発掘を続けています。
パパ・サラクラブの皆様 本年もよろしくお願い致します。
(2005年1月26日)
9月23日〜26日 かわさきおやこ劇場例会。
久しぶりの4日連続コンサート。万全の体調づくりで無事終了。
「しかし4日間連続は声を出す人間としてはけっこうキツイよな〜」等と思っていながらも
とにかくホッとして・・・と思ったらもう11月!
“年齢と共に疲れは後になって出る”の通り、
今ごろになって何年かぶりに風邪をひき3日間寝込んでしまいました。(出るのが遅すぎ〜)
音楽活動と共に遺跡調査発掘作業も続いています。
北新宿のある学会の敷地、京王線府中駅の回り進路拡張に伴う発掘、品川歴史博物館ウラのお宅の発掘等々。
11月は南武線矢川駅近くの線路沿いの発掘に参加予定。
20日から3日間、私の古巣合唱にくっついて沖縄での合唱コンクールに
『みんな一緒に』の太鼓(ボンボ)伴奏者として参加して来ます。
(2004年11月10日)
3月11日西東京市明るい選挙推進委員会、選挙管理委員会主催の講演会に招かれて
講師?としてのドキドキの初体験仕事をしてきました。
テーマは「生活にリズムを!」〜中南米の文化にふれてみませんか〜ということで、
当日選挙管理委員会からのお知らせが30分、音楽的環境がほとんど何もないまま本番突入。
フォルクローレの話しと、楽器遊び体験と、無理やり?ラ・フェスタを歌唱指導、
参加者のほとんどが中年以上の人達約80名、ママさんコーラスのメンバーの応援で皆さん結構ノッてくれました。
終わってから、昔はさぞかしキレイだったろうな___というハデハデな方と記念写真。
(2004年3月28日)
2004年、今年は何としても昨年以上の仕事と新しいCDの制作実現を!
そして公私共に不景気の真っ只中ですが、
とりあえず目の前にせまった2月15日の“親と子の集い”パパ・サラ『平和をうたう』コンサートの成功をめざすこと。
日本が非常に危険な状況に足を踏み入れた中でのコンサート。大切に感じています。
(2004年1月14日)
4月いっぱいで、長年私の音楽活動を支えてくれた遺跡調査会が解散し、
どうなることやらと思っていましたが、
今迄とは違った場所での遺跡調査の仕事を現在まで続けることが出来ています。
何とか土俵際でふんばっている感じ。
いろいろな人達と出会い、ますますパパ・サラの活動を大きくしなければと実感している今日このごろです。跳老。
(2003年12月10日)
5月から新しい遺跡調査会に参加し、あちこちと遺跡の調査活動に参加しています。
5月は炎天下府中本町に、6月は入梅の中埼玉の朝霞へ、7月現在は東京都下高尾の方へ出かけています。
縄文時代の居住地や古墳時代の横穴墓、江戸時代のお墓、中世から近世、馬のトイレ穴や磁器製品、
穴の開いたお金(銭形平次が投げつけたような)等々出土しています。
顔と二の腕だけはハワイに行って来たようです。
(2003年7月17日)
ファンクラブの皆さま、新年おめでとうございます。
最悪の不景気と戦争の危険をはらんだまま、新年を迎えてしまいましたが、
パパ・サラは昨年より一歩前に、力いっぱい演奏していきたいと思います。
本年もよろしくお願いします。
またひとつ年を重ね、ますます一年一年歌っていく事の重さを感じています。
今年もガンバローーーー! 跳老
(2003年1月31日)
10月24日、池袋「エールハウス」での初めてのライブも何とか無事終了し、
人心地ついているところです。
何しろ諸事情で日程が当初予定から2回もずれ込み、何人くらい来てくれるのか、
お店との話し合いもあり、かなり心配していましたが、
当日はおもわぬお客様、グルーポ・カンタティのエルネスト河本さんと連れのボリビアのボーカリストの二人や、
たまたま上京していた親戚、音楽仲間やOB等が来てくれ、ライブを盛り上げてもらい大変助かりました。
遺跡調査の仕事もとりあえず3月ころまで伸び、今は出土した縄文・弥生の土器の写真撮影をしています。
(2002年11月5日)
近況地元東久留米での久しぶりコンサート(長老のみ)が大成功に終わり、
ホッとしつつも恒例の花粉症が始まり、薬が効いて楽になってきたと思ったら、
又、又恒例のゼンソクが出てきて悪戦苦闘中。早く夏にならないかな。
(2002年4月5日)
2002年。
久しぶりに緊張の新年を迎えました。
何故ならば、十数年私の生活基盤をさせてくれた遺跡調査会が、
8月で解散するからです。
今年も又、お正月に故郷「三浦三崎」に帰り、
強風の中、青く輝き風にあおられ、
真っ白に飛び散り波しぶきを上げる相模湾から、
スッキリクッキリ浮かび上がる日本一の富士山を見てきました。
心が少し落ち着いた様。
今は、地元東久留米中央公民館ホールでの
「パパ・サラ・コンサート」のチケット売りで必死です。
追伸:1月23日 ファンクラブの重鎮、宮崎県都城の寺田さんご夫妻と
6年ぶり(?)にハッチと二人で再会し、楽しいひとときを過ごしました。
(2002年1月30日)
旧石器ねつぞうさわぎが今だ続いている中、縄文時代に食事時、
あるいは暖をとる為に使用されたであろう石皿や石焼き料理用の赤く焼けて
バラバラにくずれた礫(レキ=小〜大の石)を日がな1日もとの形にする接合作業をしています。
野外発掘作業をしていないので、かなり運動不足で太りぎみの今日このごろ。
(2001年11月20日)
いよいよ梅雨に入りアジサイが生き生きと咲き乱れ、
ちょっとアジサイがうらやましく想える今日このごろ。
私の方はおかげさまでゼンソクも9割方引っ込んでくれてだいぶ楽になってきました。
5月のペンギンライブ、港健康祭りのあと仕事がしばらく途切れ、
少しさびしい感じですが、この期間を利用して新曲を仕込まねばと、
「気味さえいれば」「ワヤヤイ」の2曲に取り組んでいるところです。
(2001年6月12日)
遺跡発掘捏造事件で怒り心頭のさ中、11月13、14日の2日間、相模原おやこ劇場へ事前交流会に行ってきました。
(例会本番は12月14、15日)パパ・サラを形成するまでの私自身の事、
例会作品“コンドルは飛んで行く”に対する思い等を話してほしいとの事。
「喋るのが厭だから音楽しているのになぁ〜」という自分には荷の重い仕事。
大変なプレッシャーの中、 迎えてくれたお母さん達の 暖かい包容力に助けられながら、冷や汗をかいて来ました。
(2000年12月5日)
お盆も終わり下半期の初仕事。 8月25日六本木のライブハウス「 ノチェーロ 」。
26日滋賀県琵琶湖ヨシ松明祭りでの午後と夜の2回の演奏。
睡眠不足と かがり火の 火の子にさらされながらの熱い演奏( 本当に熱かった )も なんとか終了。
翌日 京都嵐山の桂川のほとりで 冷やっこ定食を 生ビール大ジョッキとともに・・・満足満足!
現在は わが居住地ひばりが丘団地の 建替えに伴い 引越準備に追われています。
10月31日ころ引越の予定「ひばりが丘団地54-210」 から
「ひばりが丘団地43-201」へ。 電話&ファクスは同じです。
(2000年9月9日)
2月ごろからの花粉症。
3月4月と続き、ようやく終わったかなと思ったら、案の定ゼンソクが出始め、
6月に入っても抜け切らず、22日何年ぶり(2年?3年?)か、代々木の病院に行ってきました。
待合い室は超満員。
1時間半待たされる。
隣にいるおばあちゃん2人の会話。
「ア〜ラ!久しぶり あなた元気」???
何とか6月中にはすっきりしたいものです。
(2000年6月25日)
2000年ミレニアムとはいえ、いつも通り正月2日、
新年早々故郷三浦三崎の実家の近くの同級生の家に二泊三日の居候を決め込む。
親友とはありがたいもの。
その夜は恒例の新年会。
中学校の同級生男5人、卒業以来40年コリもせず飽きもせず、
8月お盆の花火大会バーベキューと1月2日の新年会、
年2回のこの集いは今やメンバーひとりひとりの人生の心のオアシスになっているようだ。
パパ・サラも、演奏を聞いてくれた人たちの心を 少しでも元気づけることが出来るよう、
地道な努力を続けていきたいものです。
(2000年2月25日)
念願の「グルーポ・カンタティ」との ジョイントと 広島県の因島公演、竹原公演を 終わり、
思い続けて実現し、お客様にも喜んでもらえた事に、ある種の充実感を 味わっているところです。
早速、 因島の青木さんからハガキが 届きました。
青木さんは、 今回の パパ・サラ・コンサートの取り組みに当たって
幡地さんと一緒に 大奮闘してくれた ファンクラブの会員です。
青木さんの許可も得ず 勝手に紹介させて いただきます。( 青木さんスミマセン )
『 久し振りに生を聴いて ムックリとエネルギー充電できました。
次の日はフヌケ状態で ・・・ 中略 ・・・陽輔は( たくましくなった息子さん )CDを買いそびれたオバサマに
自分のCDをダビングしてあげたり、 感想を話したりと 首どころか頭まですっぽりはまっています。
四年後だの二年後だの言わずに一日も早くパートを実現したい!
えっ?貧乏所帯は相手に出来ない?
そんなこと言わずに、おいしいものも お酒もたっぷり用意して待っていますから。
パパ・サラ広報担当 青木喜代子』力強く励まされました。
ありがとうございました。
(1999年8月10日)
6月20日(日)に行われるジョイント・コンサートの為の
「グルーポ・カンタティ」の皆さんとの リハーサルに行ってきました.。
スペイン語の歌にトライ、トライ、脳細胞に活!!という状態。
一方、その音楽活動を精神的、肉体的、そして、何といっても経済的基盤を支える仕事となっている遺跡の調査活動。
今まさに 6月いっぱいと 期限を切られた 緊急発掘の真最中。
強烈な紫外線にさらされながら、大汗をかきかき 心と身体を鍛えてます。
(1999年5月25日)
今年中にやりたいこと
1.宮崎県都城〜大分県中津でのコンサート
2.ペンギン・ライブを土台にしたパパ・サラ・コンサートの実現
(1999年1月15日)
まだまだ若い者には負けない、と気分新たに爽やかな新年を迎えましたが、
トホホ、どうやら、どこかで風邪をいただいちゃったみたい。
流行に敏感って取れないこともないけれど、
食欲は無くなるし、身体がだるいし、散々です。
でも、幸い声には影響がなく、布団の中で発声練習しております。
ライブまでには,ちゃんと治します。
(1998年2月10日)
発掘作業が大詰めで、とーってもたいへん!
七千年前くらい(縄文時代)の炉の跡が出てきたので、全力をあげて頑張っています。
「縄文のとき」の曲に込められた古代へのロマンを、
皆さんも感じ取ってください。
春から続いていた喘息もようやくおさまったので、歌にも燃えるゾ!
(1997年6月21日)
今年の運勢は良さそう!
テレビの占い番組を見てホコホコ喜んでいたのに、どうもパッとしない毎日。
奥歯を抜歯して以来、手が痺れて気持ちワル〜イ!
もう花粉の時期が始まったし・・・。
全国の花粉症の皆さん、ガンバローね!!
(1997年2月21日)
スタートから8回のコンサート。
懸命に歌ってきましたが、メンバーの気持ちもまとまってきて、
演奏に集中できるのが1番うれしいと思っています。
(1996年10月10日)
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