〜日記のようなコーナー〜

2001年12月16日
見捨てられた「神々の国」
「エルサレム」は、女だ。あの「ケンカをやめて〜二人を止めて〜♪(by河合奈保子)」の歌みたいに、自分のために人々が戦争するのを実はよろこんでる。ヤな女。
「エルサレム」は、留守なんじゃないの?神はとっくにどっかに避難しちゃって。いたら、止めろよ。この戦争を。
  
ついに、サジを投げられた恰好になった。だって、いいって言うんだもんね。「自称・世界の保安官」アメリカが。止めんでいいって。
皆、口には出さないけど、わかってるはずだ。この戦争は終わらない。パレスチナ人が全員死ぬか、イスラエルがなくなるか。それで楽になると思ってる。だって、自分はそこに住んでないんだもん。
  
この戦争は終わらない。彼等は、解決方法を持ってない。自分たちで解決できないから「オスロ合意」を本当に頼っていた。最後の望みだった。それが失われたから、絶望したから、殺し合うことしかできなくなってしまった。
それを、見捨てるのか?それで良いのか?

2001年12月13日
多生の縁
何によって一番動かされているかというと、縁かなあ。「たまたま」描きたいものに困ってる時にペルー人と友達になって、ペルーに出かけ、描き始めた。
「たまたま」出品要項のポスターを見て、上野の展覧会に出したら、そこはちょっと変わった団体で、各人何か社会問題をテーマに描いてる人ばっかりだった。
で、それが縁で「たまたま」パレスチナ展に出品することになり、で、こんなふうな輪を、よっぽどイヤにならない限りはつなげてってみようかなと思った。ちょっとこれは・・・もう切ろうかな、とも思った。パレスチナは私には重すぎて背負いきれない。
そんなわけで、悪いけど、皮一枚、という感じのつながりだけど、保っているのは、一緒に出かけた元気な先輩アーティストである上條陽子さんの影響もある。前にも紹介したが、彼女は帰ってきてからも積極的に動き回り、支援を続けている。もちろん作品にも生かしながら。
このパワーには本当にかなわない。そんな彼女もやっぱり
「縁だからねえ!」とガハハと笑っていた。
2001年12月4日
竜頭蛇尾
・・・でした。
下の四字熟語使い方まちがってるし。

2001年12月2日
羊頭狗肉
いつだったかホカ弁を買いに行ったら、男の人が
「お〜い!お茶ください!」
と叫んでいた。
正しく書くと「『お〜いお茶』ください」なんだけどね。そういう商品名なだけで。
でもなんだか初めは威張って「おーい!」と呼びかけておきながら、あとで「・・・ください」と尻すぼみになってるみたいで可笑しかった。
   
ある店のバーゲンのハガキに
「このハガキ御持参の方にオリジナル粗品進呈」
と書いてあった。
「オリジナル○○」と聞くと、
「絶対ここでしか手にはいらないんだかんね!!」
と大威張りな感じがするのだが、でも「粗品」なんだよね。これも何だか威張ってるのかへりくだってるのかわかんなくて変だと思った。

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