〜日記のようなコーナー〜
その後のバナナ選手
ボックス式では風通しが悪いせいか、黒くなるのが早い。
「鉢スタンド」に掛けてみた。これでしばらくいけるかと思ったのだが、
それでも部屋が暑すぎるので、追熟後はプチプチに包んで野菜室へ。

     
2009年8月15日
ギブ
         
「海辺の・・・(略)」ようやく読み終わる。1Q84よりは読みやすかった。
次に控える「ねじまき鳥・・・(略)」全三巻に取りかかる。
が、駄目だー!ギブアップ!
小学校の夏休みの課題図書よりも面倒くさい。
村上は私の体質に合わないらしい。
通常の読書(どんなんやねん?)に戻る。
         
旦那はねじまき鳥をまもなく読み終わる。
「三作品の中ではこれが一番面白い」とのことなので、皆さんはぜひ。
ちなみに次は、ある人のブログにて紹介されていた
「世界の終わりと・・・(略)」を読むらしい。
        
     
2009年8月12日
村上の夏
         
旦那は山小屋へ行きたがっていたが、地震と台風が怖いのと、
道路が混んでそうだし、今年の夏はなるべく出かけない方向で。
ダラダラしていると旦那が
「カフカ読まないの〜?海辺のカフカ!」
「じゃあ読むよ〜うるさいな〜〜」
「今度はちゃんと1巻から読めよ〜〜」
「わかってるよ〜も〜〜〜」
だいたい下巻から読んでしまったミスは、二冊いっぺんに渡されたせいで、
自分なら二冊いっぺんに買うなんてことはしない。
まず上巻を読んでみて面白かったら下巻を買う。
「だって、どうせ読むじゃん」
そうかもしれませんけど!
        
(会話に「〜〜〜」がやたら多いのは暑さのため)
         

     
2009年8月14日
パレード映像
         
今年の5月3日(日)に行われた第57回ザよこはまパレードに参加した
「アンデス村祭り隊」の映像がYouTubeにアップされました。
http://www.youtube.com/watch?v=Zfz_vPeIECI&feature=channel_page
         

     
2009年8月13日
O君のランドセル
         
O君が自ら命を絶ってしまったのは、
私が21才から22才になる誕生日の数日前だ。
O君は大人になることを拒絶していたが、
こんなにあっさりと消えてしまうとは思わなかった。
私は短大を卒業し就職していたが、O君はまだ大学に在学中だった。
だからO君は永遠に21才の学生のままだ。
         
でも思い出すのは21才のO君ではなくて、
いつまでたっても、初めて出会った小学校の入学式のままなのだ。
O君は私よりずっと背が高いくせに、ひとりでランドセルが背負えなかった。
背負った後も、どちらかの肩紐がいつも裏返っていた。
私も相当のろまな子だったが、さらにのろまだった。
以前「のんびりした子」と書いたが、
当時は親にもはっきり「スローモー」と言われたものだ。
(「スローモー」なんて言葉、今も使うだろうか?)
           
今日はなぜか久しぶりに、夢にO君が出てきた。
正確には、O君が死んだ頃の自分が夢に出た。
         
子供というのは、どいつもこいつも不完全な生き物だけれど、
特に私たちは、2人か3人でひとり分ぐらいの、
そのくらい、不完全を通し越して、出来損ないだった。
そんなことを夢の中で考えて悲しくなっていた。
          
何でO君は死んで、私は生きているのか?
何年かずっとそればかりを考えていた頃があった。
           
O君はこの世の中に夢や希望が見いだせないようなことを言っていた。
そんなことを言われても、私だって特別夢や希望があったわけではなく、
一歩先に社会人になってしまって、必死に生きている最中だったから、
ちゃんと返事をしてあげられなかった。
それをずっと悔やんでいる。
         

             
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